55歳になって気づいては遅いが、、、

仕事が忙しいという言い訳で、前回に会いにいってから、ずいぶんと時間が経ってしまった。

 

フルーツが食べたいと言っていたので、持っていくことにして、

私は母親が入所している老人ホームに行った。

 

「お母さまは、食堂にいらっしゃいますよ」

受付でそう言われたので、食堂へ向かって歩く。

 

そこには小さくなった母親がいた。

車椅子に座り、食卓テーブルの上に手を置いたまま。

下を向いて、自分のお腹でも見ているのかと思うぐらいに、首が前に倒れ、

それが私の、とっても小さくなっていた母だった。

 

こんなに小さくなって・・・。
心の底から、これは、後悔?悲しさ?自責?自己嫌悪?寂しさ?驚き?愛おしさ?ぜんぶが混ざった感情が、噴き上がってきそうだった。

 

声をかけると顔をあげ、こちらをキョトンと見ている。

「よぉ、久しぶりだね、元気してた?」

それでもキョトン顔は変わらない。

「まさひろ、わかる?」

やっぱり、キョトン顔は変わらない。

 

あぁ、わからないのだな・・・。

いろいろな感情が、心の底から込み上げてくる。

それが噴き出すのを、なんとか抑え込みながら、

母は、わからなくなることで、肩の荷がおりたのだ、と思うように自分に言い聞かせた。

 

すぐに買ってきたカットフルーツを机の上に出した。

「フルーツ持ってきたよ。食べる?」

母はうなづくと、自分の手でフォークでさして食べはじめる。

パクっと口に入れて、もぐもぐ。

 

「あまいねぇ・・・。おいしい」

母は、そう言いながら、たくさん食べてくれた。

ぶどうがフォークで刺せないらしく、私が刺してやると、口を開けている。

母に食べさせてあげながら、私の目から、ぽろっと涙が落ちた。

自分が泣いているとは思ってもいなかったのに、落ちた涙で、それに気づいた。

気づいたら、涙がぽろぽろ落ちてきて、困ってしまった。

 

私は、自分のことを説明するかどうか迷ってしまったが、やっぱり言うことにした。

私「息子さん、いるでしょ?」

母「むすこ? いたねぇ。覚えてるよ。私の子だもん」

私「息子さんね、しっかりやってるよ」

母「どうなった? どうなったの?」

急に、真剣な顔になって聞いてきた。

 

私「しっかりやってるよ。家族も出来てね、幸せに過ごしているよ」

母「ほんとー、あぁーーー、よかった・・・」

母の身体の緊張がゆるんだのが伝わってきた。

 

私は、正しいことをした。

どうして、そんな事を言ったのか、自分でもわからない。

だけど、やっと小さくても親孝行ができたと思った。

 

 

子供が幸せに過ごしてくれている。

どんな親でも、一番望んでいるものかも知れない。

 

私は思う。

その先が不幸なら成功なんてしなくてもいい。

しっかりと、幸せになること。

親はそれを望んでいる。

私達自身だって、それを望んでいる。

 

幸せになること。

55歳になって、それが、こんなに重要なことだと、やっと気づいた。

 

こんなこと、誰が読むかわからないブログに記すべきかどうか、わからないが、書きとめておきたかった。

 

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